映画『ディヴァイン・ディーバ』ブラジル伝説のドラアグクイーンを追う

映画『ディヴァイン・ディーバ』ブラジル伝説のドラアグクイーンを追う

ブラジル映画『ディヴァイン・ディーバ(原題:Divinas Divas)』が、いよいよ2018年9月1日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショーとなります!

ブラジル発、“ドラァグクイーン版”「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と紹介されているこの映画。

ジョルナル・コルデル編集部は8月22日、駐日ブラジル大使館で行われた試写会&プレミアトークショーに行って参りました!

特別に来日したディヴィーナ・ヴァレリアさんと、カルーセル麻紀さんのトークショーでは、1960-70年代のフランス(パリ)が異性装者に対して非常に寛容であったエピソード(反してブラジルやアメリカはまだまだ偏見が多かった)など、貴重な話を聞くことができました。

この記事では『ディヴァイン・ディーバ』のあらすじ、さらに見どころ、使用されている音楽、ヒバル劇場の歴史などを紹介します!

『ディヴァイン・ディーバ』あらすじ

ブラジルで活躍したドラァグクイーン達のなかでも第一世代とよばれる、いわばドラァグクイーンカルチャー黎明期を支えた人々を追ったドキュメンタリー。

1960年代にリオデジャネイロのヒヴァル・シアター(Teatro Rival)で活躍したドラァグクイーン8人が、初舞台から50周年を記念して2014年再び集結しライブを開催することに。

1960年代のブラジル。軍司独裁政権下の厳しい時代にゲイやレズビアンなど性的少数者達には、今のような自由はなかった。

だが、彼らは、女性装をして芸能の才を披露することで、自分らしく生きることを選んだ。

かつてレジェンド達が歌い、踊っていた拠点であるリオ・デ・ジャネイロのヒヴァル・シアターの創立70周年を記念し、この劇場から巣立ったレジェンド達を一堂に会した「ディヴァイン・ディーバス・スペクタクル」が開催される。

2014年に行われた特別版、レジェンド達のデビュー50周年祝賀イベントのプレミアでは、長い間舞台の仕事からは遠ざかっていた高齢の彼女らが、文句タラタラ四苦八苦しながら演目に挑む姿をとらえつつ、輝かしい60年代のシーンを振り返っていく。

『ディヴァイン・ディーバ』出演者

Divina Valéria(ディヴィーナ・ヴァレリア)

1944年6月5日生まれの74歳。歌手として国際的に活躍した。1972年に3ヶ月間カルーセル・ド・パリのツアーで日本に滞在。現在も歌手として活躍中。

Rogéria(ホジェリア)

foto: divulgação

1943年リオデジャネイロ生まれ。1960年代終盤からヨーロッパでも活動。「私はブラジルの血が流れる女装パフォーマーよ(Eu sou travesti da família brasileira)」がキャッチフレーズ。映画公開後、2017年9月に永眠。

Jane di Castro(ジャネ・ディ・カストロ)

Tomaz Silva/Agência Brasil

ショーにお客さんとして来ていた男性のオタヴィオ氏と結婚、現在では結婚して50年以上になる。

Eloína dos Leopardos(エロイーナ・ドス・レオパルドス)

foto:divulgação

1937年リオグランデドスル生まれ。1976年、リオのカーニバルで女装者としては初のRainha de Bateria(打楽器隊のクイーン)に選ばれたことも。

Brigitte de Búzios(ブリゲッチ・ヂ・ブジオス)

Reprodução

ブラジルの最初の異性装ショー”Les Girls”(レ・ガールズ)で、初めての女装家としてキャストされた。2018年6月永眠。

Camille K.(カミレK)

foto: Facebook

Fujica de Halliday(フジカ・ヂ・ハリデイ)

foto: divulgação

Marquesa(マルケザ)

foto: divulgação

2015年永眠。今回の映画はマルケザに捧げられたことを言及する場面も出てくる。

Leandra Leal(レアンドラ・レアル/監督)

foto:divulgação

1982年生まれの女優。今回の映画の舞台「ヒバル・シアター」で女装者のショーを始めたアメリコ・レアルの孫で、現在劇場を引き継いでいる。

『ディヴァイン・ディーバ』見どころ

知られざるリオデジャネイロカルチャーの歴史


ブラジル音楽好きなら、Teatro Rival(ヒバル劇場/チアトロ・ヒバウ)を知っていた人、すでにライブを見に行ったことがある人もいるのではないでしょうか?
しかし昔はレヴュー劇や、こういった異性装者のショーが行われていたことを知っている人は少ないかと思います。私も知りませんでした。

当時の動画・写真や、出演したテレビの映像なども見られ、とても興味深いです。

リオデジャネイロが好きな人なら、メトロのシネランジア駅からヒバル劇場までディーバたちが歩くシーンの後ろで、ポップコーン売りやレストラン「Amarelinho」が映るところなどは思わず”サウダージ!”なのではないでしょうか。

“自分らしく”生きることの大切さ


今でこそ、ドラアグクイーンなどLGBT+の人々が社会で受け入れられるようになり、
ブラジルでは2015年に同性婚が法律で認められるようになりました。
(とは言え、ブラジルは世界で一番LGBT+の方が殺害されている国という報告も。ソース:Radio Senado 同性愛者に対する一部の人の偏見が根強いのが現状ではありますが・・・)

映画の中で、1960年代の軍事政権下のブラジルでは、女装をして街を歩けないほどだったと語っています。
見つかれば警察に追いかけれたり、逮捕されたりしたこともあったそうです。
(カーニバルの時に、警官が油断した隙にパトカーのドアを開けて一斉に逃げ出したエピソードを語る姿も!)

また、家族に反対された人もいました。
反対してもやめる様子がないので、勝手に精神病院に入れられたりした人もいたそうです。

それぞれ様々な状況に置かれていましたし、各自が持つアイデンティティも違います。

−女性の格好をしているけど、私は男性である。
−ヒバル劇場がなかったら、ショーに出ることがなければ、女装していなかったかもしれない。
−母親だけは傷つけたくないという思いから、普段は男性の格好をすることを選んだ。

でもひとつ確信を持って言えること。
男だから、女だから、ではなく「私」として生きる

そしてそれを誇りに思い、力強く語る姿は心を掴まれます。

ラストでヴァレリアが歌い上げる歌(My way/Mi Maneira)の歌詞にも注目してください。

印象に残ったセリフ

「老いているんじゃない、若さを積み重ねているだけ」
(Não sou idoso, tenho juventude acumulada)

インタビュー中にうまれたオリジナルの言葉ではなく、ブラジル(ポルトガル語)ではよく使われる表現ですが、

彼女たちがいうと重みが違いますね。

70歳前後の彼女たちは、確かに過去の辛い経験を語る場面もあるのですが、この映画はそんな「過去」を哀れんだりするものではなく、「今」どう生きているかを見せている。常に前を向いている映画です。

見終わった後は、どんな立場の人でも、自然と心が前向きになっているのではないでしょうか。

『ディヴァイン・ディーバ』の音楽・サントラ

ブラジル音楽のサイトなので、映画内に出てきたブラジルの楽曲+おまけを紹介!

Nelson Gonçalves『ESCULTURA』

『ディヴァイン・ディーバ』のオープニング曲となっているこの曲。

Nelson Gonçalves(ネルソン・ゴンサルヴェス/1919-1998)は、ブラジル史上2番目に多くディスクが売れた歌手なのです!
(1位はホベルト・カルロスで1億2000万枚以上。2位のネルソン・ゴンサルヴェスで8100万枚以上。3位はヒタ・リーの約5500万枚)

「A Volta do Boêmio(YouTube)」という曲が代表曲です。

Ivor Lancellotti「ABANDONO」

伝説のディーバのひとり、フジカが大好きな曲と言って、家の中で感慨深くレコードを聴く場面。

映画で流れるのはEliana Pittman(エリアーナ・ピットマン)バージョンです。

オリジナルはIvor Lancellottiですが、上でも触れたRoberto Carlos(ホベルト・カルロス)が1979年に歌ったバージョンが大ヒットしました。

「LENDA DAS SEREIAS,RAINHA DO MAR」

もともとはリオデジャネイロのサンバチーム、Império Serrano(インペリオ・セハーノ)の1976年のサンバ・エンヘード(カーニバルのテーマソング)。

Marisa Monte(マリーザ・モンチ)Clara Nunes(クララ・ヌネス)が後に収録したものが特にヒット。

2006年にはリオの他のチームInocentes de Belford Roxoがカーニバルで使用した他、2009年にインペリオ・セハーノが再度サンバ・エンヘードとして採用しました。

Chico Buarque「O QUE SERÁ」

Chico Buarque(シコ・ブアルキ)の代表曲のひとつ。

ジョルジ・アマードの小説をもとにした映画『Dona Flor e Seus Dois Maridos』のために作曲されました。映画のストーリーに合わせて、「O Que Será」という曲は3バージョン存在します。

Manoel Santana「SE É PECADO SAMBAR」

1949年の古い曲。Beth Carvalho(ベッチ・カルバーリョ)などがカバーしています。

「YES,NOS TEMOS BANANAS」

映画『ディヴァイン・ディーバ』を見たらきっとこの曲「バナナがあるよ」がインパクト大きいのではないでしょうか?
1922年アメリカで作曲された「Yes, We Have No Banana」がオリジナルで、ブラジルでもカバーされストリートカーニバルでも定番の曲となっています。

Ney Matogrosso(ネイ・マトグロッソ)が歌ったバージョンも有名ですね。

「SER MULHER」

「Cabeleira do Zezé」や「Maria Sapatão」など今でも有名なカーニバルのマルシャを数多く作曲したJoão Roberto Kellyが、ブラジル初の女装者のためのショー「Les Girls」のために作曲。

日本版の予告編0:18-からも使われています。

女になること
女にとってはとても簡単
でも男として生まれたら
変身は自己犠牲を伴う

ないものを無理矢理あるようにして
あるべきでないものは隠すか引っ込めるか

私は私!

"Ser mulher é muito fácil para quem já é, mas pra quem nasce para ser João é um sacrifício a transformação….

Divinas Divasさんの投稿 2013年10月16日水曜日

「A MI MANERA/ MY WAY」

ブラジル音楽ではありませんが、ヴァレリアが映画の最後に歌い上げる曲。

ブラジル大使館のイベントでも、生で歌ってくれました!!!

『ディヴァイン・ディーバ』サントラ・プレイリスト

全曲ではありませんが、ブラジルの配給会社が作ったと思われる『ディヴァイン・ディーバ(Divinas Divas)』サントラのプレイリストもあります!

ヒバル劇場(チアトロ・ヒバル)の歴史

ヒバル劇場概要


Teatro Rival(チアトロ・ヒバル、もしくはチアトロ・ヒバウ)は1934年にリオデジャネイロのセントロ地区に創設された劇場。

劇場として初公演を飾ったのはOduvaldo Vianaの「Amor」という作品。

劇場は地下にあるため、24台の扇風機が導入されたことも当時話題になりました。

1970年に建物をアメリコ・レアルが引き継ぎ、その頃からレヴュー劇をやるように。

1990年代からアメリコの娘で女優のアンジェラ・レアルが引き継ぎます。

幾度も閉鎖の危機に立たされたが、アンジェラらが継続のため奔走。

2001年にはブラジル国営石油企業(実際は半官半民企業)であるペトロブラスがスポンサーとなり、2000年代から音楽ライブを中心に注力するようになります。

現在はその娘で女優のレアンドラ・レアルが運営。レアンドラは 『ディヴァイン・ディーバ』の監督です。

彼女の祖父のアメリコのおかげで自分たちが輝ける舞台、ヒバル劇場という場所があったためにアメリコはディーバ達にとって非常に重要な存在であることは間違いありません。

「レアンドラのことはお腹にいた時から知ってるのよ」とディーバたちは話し、赤裸々な話もレアンドラ・レアルだからこそ語ってくれる。

まさに彼女にしか撮れなかった映画だと言えます。

Teatro Rival公式サイト

2005年にはカーニバルのテーマにも

2005年、リオデジャネイロのエスコーラ・ヂ・サンバ(サンバチーム)、Alegria da Zona Sul(アレグリア)のサンバ・エンヘードに採用されました。

41分あたりから、『ディヴァイン・ディーバ』に出演しているJane di Castroの姿も見えます!

映画『ディヴァイン・ディーバ』まとめ

『ディヴァイン・ディーバ』

原題:『Divinas Divas』(2017・ブラジル)

監督:レアンドラ・レアル
出演:ブリジッチ・ディ・ブジオス/マルケザ/ジャネ・ディ・カストロ/カミレK/フジカ・ディ・ハリディ/ディヴィーナ・ヴァレリア/エロイナ・ドス・レオパルド

9/1(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、9/8(土)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

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